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2011年度

本当の海外出張は冒険旅行

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 翌日は最終日で、研修も正午に終わった。ヨーロッパ・南米・北米・アジアと多彩な地域から集まった仲間と別れを惜しみつつ、これで日本に帰れる、という安堵感も心の中に同居していた。日本法人の社長に就任予定のK氏は、T副社長と2~3日ミーティングが残っているようで、T氏と2人で韓国からの研修生の車に乗せてもらい、ホテルに戻った。

 ホテルでは、2週間近い長旅で、溜まりにたまった食料の処分や、荷作りに追われることになり、新しく買った鞄まで動員する羽目になった。そんな渦中に、呼び出しのチャイムが鳴った。ドアを開けるとT氏と先ほど車を運転してくれた韓国の友人が立っていた。

 最後の夜のティナーへのお誘いである。何でもなかなかのシーフードレストランを探し出したとのことである。今度は、私が彼の車を運転することになった。見慣れない車で、エンブレムにはHyundaiと書いてあった。初めて韓流の自動車を運転するのだ。日本車に比べると少し非力でうるさいが、かなり安いようで、勤めを始めたばかりの若者には丁度良い選択かもしれない。(本当にそう言われるようになった)

 おしやべりをしながら5~6km程走っただろうか?目指す店のパキングに乗り入れた。店の名前は「Red Lobster 」??日韓親善などと言う言葉が頭をかすめたので、「ここが貴殿の言われる、なかなかのシーフードレストランか?間違いないか?」などと聞いてみたが、答えは確言をもって「Yes」であった。韓国には「Red Lobster 」が無いのだろうか?

 何を食べたのかはおぼえていないが、徴兵制度があり、これを回避するためには、5大財閥に一定期間就業する必要があったこと、更にその5大財閥企業の一つである大宇重工に入るためには、ソウル大学か延世大学に入らなければならないこと、本人もソウル大学に入るために苛烈な受験戦争を戦い抜いて来たこと、など話題が韓国に生きる若者達の重い話に終始した。

 この友人とは日本人で今回一緒に行動したK社長やT氏よりも長い付き合いになる。

 翌日は、早朝ながらK社長に空港まで送ってもらい、空路で東京に帰還した。シンシナティ−シカゴ間の飛行機が小さなプロペラ機で、小さな手荷物も預けなければならないのには閉口したが、それ以外は元来た航路を逆に辿るだけで、フライトの大幅な遅延やキャンセルもなく、わが家に至着できた。

 初めての海外出張でもないうえ、もっと危険な目にも会っているのだが、以降の海外出張は冒険の連続であり、この旅の「カッコ悪い経験」が無ければ乗り越えられなかったかもしれない。何よりも、世界地図を広げて「明日、この地点に集合」を初めての経験したのもこの旅である。これから、どのような出会いがあるかはわからないが、ふと人生をふり返る度に、荷物もなく心細り思いを抱きながら乗った深夜タクシーや、ほんの少し望郷の念に駆られながら見つめたルイビルの鉄道橋のことを思い出すだろう。


2012年03月12日
中小企業支援コンサルタント
山岸秀之